初めから決まったカタチもなく、ただ直感的に場に合わせて事が進む
出来る準備はそれぞれが、人手がいれば手を取り合い
集まった人たちで祭りの場が築かれていく
やってみたかった!いいことおもいついた!で遊びは自然に生まれ
学びは目の前で起こり、
必要な決まり事は自ずと生まれ
そこから配慮も生まれ広がる。
それはたいていは当たり前の事だったり思いやりだったり
秋晴れが気持よいだけでやさしげな気持ちになって
何かを感じて切なげな気持ちになって
それが祈りとなり空にとけてゆく
主役はいないけれど誰もが普通に大事な存在
誰もが時として主役となる
不安や苦しみ、悲しみ、痛みや辛いことも、もちろんあるだろうけれど、
それでも
こんな小さな平和が当たり前にいたるところにあり
今日も世界をつつみこんでいる
そう、信じていいんだ。
と感じた長谷寺秋分の祭り、とても気持ちのよい時間でした。
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